『暑さ寒さも彼岸まで』と言われますが、毎年春分の日と秋分の日の二回、[彼岸会]が営まれます。仏教徒にとって「おひがん」は、御先祖をしのび、お寺詣りお墓参りをさせていただく伝統的仏教行事となっておりまが、それ以上に[お彼岸]には仏教の深い意味が込められております。
◇◇ 中 道 の 生 活 ◇◇
春分と秋分の日は、昼と夜の長さが全く同じになります。この頃になりますと冬の寒さも夏の暑さも和らぎ、寒過ぎず暑過ぎず穏やかな時節を迎えます。これは、仏教の中道の教えを象徴しております。「中道」とは「さとり」の実践道であります。極端に片寄らない生活実践こそが仏教の正しい姿であります。楽器の琴も良い音色を奏でるためには、糸の張りが強過ぎても弱過ぎてもだめなように、人間の生活も[苦痛と快楽の極端]や[左と右の極端]を離れた「ほどほど」の生活が肝要であります。極端に片寄りがちな生活を戒めるものです。楽しみも度を越しますと害悪となります。ほど良いバランスが大切です。百薬の長と言われるお酒も度を越えますと百害あって一利なしとなります。中道の生活こそが仏教の[さとり]の最も解りやすい具体的な実践道であります。
◇◇◇ 彼 の 岸 へ 至 る 道 ◇◇◇
[彼岸]には更に大乗仏教の教えが示されています。彼の岸(向こう岸)とは、仏のさとりの淨らかな世界を指します。私達の今住む此の岸は、塵と垢とにどろどろに汚れた世界であり、悲しいかな欲と我と争いで苦しみに満ちています。穢土(けがれた世界)の現実を実感すればするほど、心の奥底には誰もが浄土(清らかな世界)を願う思いがあります。彼の岸へ至る事をサンスクリット語でパーラミター(到彼岸)と言い、「迷いの此岸」から「さとりの彼岸」へ到達するための六つの実践道が六波羅密の教えです。
□ 六 波 羅 密(シックス・パーラミター)
1、布 施 (ほどこしの心と実践) 浄財の喜捨
(ふ せ) 人に真心のほどこしをして、喜びと安心を与える事。
2、持 戒 (仏教のきまりを守る)
(じ か い) 自らを戒め、規律のある正しい生活をする事。
3、忍 辱 (にんたいの心を持つ)
(にんにく) 人生の困苦にも忍耐強く、愚痴不平を言わない事。
4、精 進 (何事にも努力する事)
(しょうじん) 心身を励まし、なまけずたゆまず努力する事。
5、禅 定 (静かな心を保つ事)
(ぜんじょう) 心を乱さず、常に穏やかで安定した状態を維持する事。
6、智 慧 (真実を見抜く眼を持つ事)
(ち え) 迷わず惑わされず、人生の真理をさとる事。
この六波羅密は、確かに立派な菩薩行とでも言うべき道であり、これを実践するならばそれは覚りの彼の岸へつながる橋であります。又それは既に仏となられた方々が、迷いの世界に右往左往する私達のために実践して下さる[菩薩の道]でもあります。
◇◇◇◇ 信 の 一 筋 の 道 ◇◇◇◇
菩薩修業の実践道はすばらしい道でありますが、私達の大多数は、悲しいかな意志も弱く、我と欲にほんろうされ、教えを実践しようと思ってもなかなかそう出来ない浅はかな人間であります。それが私達の偽らざる姿であります。このような人間の現実を察知され、阿弥陀如来様は、救いようのない私達の為に、止むに止まれず救いの最後の手段として難しい修行ではなく[信心の道]を与えて下さいました。
人生は苦しみに満ちています。悲しみと苦痛の連続が人間の世の姿です。人間苦の根本は、生きる苦しみ・老いる苦しみ・病気の苦しみ・死んで行かねばならない苦しみであります。避ける事の出来ない生老病死の苦しみにまさる苦しみはありません。苦しみに絶望し絶対絶命の河岸ぎりぎりに追い詰められた時、目の前に広がるのは燃え盛る火の河と暴れ狂う水の河であり、対岸は遥か彼方でありその河を渡るのは不可能と思われます。
助かりようのない絶望の断崖絶壁に震え立ちすくみ救いを求める時、遥か彼方の対岸から細い一筋の白道がこちら岸へ伸びているのが見えます。その狭い細い道は、対岸の阿弥陀如来の眉間から放たれています。その道を一人で歩いて渡るにはあまりにも狭く、炎と瀑流の中へ転落しそうで足がすくみます。絶体絶命の時心を静かに良く聞き耳を立てるとその時、声が聞こえます。[心を一つにして、信じてまっしぐらに歩みなさい!あなたを見守っていますから、ひたすら私を信じ、恐れを捨てて、私の声の方へ進みなさい!]
疑いをすて、ただ必死にその声を信ずると、不安は和らぎ、まっしぐらに進む事が出来るのです。信じる事は生きる力であり、信じる事から安心が生まれます。私達が本当に行き詰まり、苦悩と絶望との真っただ中に陥った時、理屈ぬきに素直に必死にアミダ如来を信じて、その声(念仏)を道標に歩みましう。必ず救い取るとのお約束を信じ、恐れる事なく一筋の道を彼の岸に向かって歩まさせていただきましょう。
お彼岸を迎えするにあたり、「お彼岸の心」を思い起こしたいものです。
© Eikyoji, 2002